2026年8月24日 / 実装ノート #001 / 読了目安 7分

この連載「実装ノート」は、実際のプロジェクトの記録です。解説記事ではないので、一般論は書きません。守秘義務の観点から支援先は業種カテゴリで表記し、数値は公開許可のあるもののみ記載しています。

現場で起きていたこと

支援先は求人メディアを運営する事業者です。求人原稿の制作から媒体への入稿、校閲までを複数人の手作業で回していました。扱う量は月数百件。1件ごとに、求人票やヒアリングシートといった一次情報を読み、原稿のフォーマットに転記し、体裁を整え、チェックして、入稿する。それが毎日続きます。

量が増えるにつれて、転記ミスや表記の揺れ、チェック漏れが目に見えて増えていました。しかも進捗はExcelの管理表で人が追っており、月次の報告のたびに集計作業が発生する。「制作」「校閲」「管理」「報告」の4つが、全部人の手に乗っている状態でした。

最初に決めたこと ── AIに「何をやらせないか」

設計の最初に決めたのは、AIに任せる範囲ではなく、任せない範囲です。業務を分解して、性質の違う3種類に分けました。

  • 生成AIに任せる:一次情報からの原稿ドラフト生成、文章の整形・要約。「読んで、書く」仕事。ここはLLMが圧倒的に速い
  • 決定的なコードに任せる:文字数上限のチェック、業種・職種・都道府県などのコード整合、表記ゆれの検出(「ヶ月/カ月」「社会保健→社会保険」のような揺れ)、法令上の明示事項の有無、年収レンジの整合、IDによる進捗照合と集計。「照合して、検証する」仕事。ここにLLMを使うと、同じ入力で違う答えが返る
  • 人に残す:最終校閲と、疑義があるケースの判断。求人原稿は求職者の意思決定に関わり、法令要件もあるため、最後の責任は人が持つ

つまり「全部AIで自動化」はしていません。生成AIの出力を、ルールベースの検証コードが機械的にチェックし、引っかかったものだけが人の目に届く。この三段構えが、この案件の骨格です。月数百件を捌く仕組みで大事なのは、AIの賢さより「AIが間違えたときに、それが必ず検出される」ことでした。

作ったもの

フルスクラッチで構築したパイプラインの全体像はこうです。

三段構えの処理パイプライン:一次情報→生成AIによる原稿ドラフト生成→検証コードによる適正値ルールチェック→人による最終校閲→入稿・管理・報告の自動処理
処理パイプラインの全体像(構成イメージ図)

②の「適正値ルール」は、過去に掲載された実データから逆算して作りました。頭で考えた理想のルールではなく、実際に通った原稿・差し戻された原稿から「何が正で何が誤か」を抽出してコード化しています。ルールは運用しながら増やしていく前提の設計です。

②のチェックが実際にどんな仕事をするか、出力を再構成したイメージで示します。

校閲チェック結果のイメージ:32項目を機械チェックし、表記ゆれ・法令明示・誤記のNG3件と年収レンジの要確認1件だけが人の確認対象になる
※実際の画面ではありません。チェック内容・判定ロジックをもとに再構成した出力イメージです(求人IDや金額はダミー)。

ポイントは最下段です。1件あたり32項目の判定のうち、人の目に届くのは引っかかった数件だけ。月数百件を人数を増やさず捌けるのは、この絞り込みがあるからです。

つまずいた場所

順調だったわけではありません。記録に残っている範囲で、判断を変えた箇所を書きます。

表記ゆれと法令表記は、AIに「注意して」と指示しても解決しなかった。プロンプトで「表記を統一して」と指示しても、数百件規模では必ず揺れが出ます。法令上の明示事項(雇入れ直後の従事業務・変更の範囲など)も同様で、「書いてあるはず」をAIの注意力に頼るのは無理だと早い段階で見切りました。だからこの領域はすべてルールベースの検証コードに移しています。生成と検証を同じAIにやらせない。これがこの案件でいちばん効いた判断です。

進捗照合をAIにやらせる案は、最初から捨てた。数百件のステータス突合は、LLMの仕事ではなくIDで引き当てる決定的な処理の仕事です。ここを間違えると信頼が一発で崩れるので、AIを入れる選択肢自体を排除しました。

逆に言うと、実装そのもので大きく手が止まった箇所はありませんでした。この案件の勝負どころは技術ではなく、着手前に決めた「任せない範囲」の設計にあった、というのが実感です。

数字

  • 構築期間:約2ヶ月(要件定義から実装まで、一人で担当)
  • 処理規模:月数百件の制作〜入稿〜校閲
  • 報告・集計業務の工数:約90%削減
  • 内訳:開発 約1ヶ月 + 運用テスト 約1ヶ月でリリース。以後は運用しながらルールを追加
  • LLM API費用:月1万円程度(月数百件の処理で。人件費と比べて誤差の水準)

この案件から言えること

「生成AIで業務自動化」と聞くと、AIがすべてを処理する絵を想像しがちですが、実際に月数百件を安定して捌いている仕組みの中身は、生成AI・検証コード・人の三段構えです。そして設計の質は、「AIに何をやらせるか」ではなく「何をやらせないと決めるか」でほぼ決まります。

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